パリでシャンソン歌手としてデビューした石井好子さんが7月14日に日本のシャンソン歌手を総動員しての「パリ祭」を始めたのは1963年(昭和38)である。 それ以前、戦後いち早くアメリカに留学し、日本に帰る途中パリに立ち寄った石井さんは、ふとしたきっかけからパリでシャンソンを唱うようになった。約一年パリにいて日本に帰った石井さんはその後も日本とパリを往き来しながらシャンソンを唱っていたが、やがて日本のシャンソン歌手をマネージメントする音楽事務所をつくった。そしてイベット・ジローの招聘をきっかけに、海外から音楽家を呼ぶようにもなった。 石井さんが「パリ祭」を始めたのは、日本にシャンソンをもっと広めたいという石井さんの夢と願いからだが、その後事務所をやめてしまってからも、この「パリ祭」に賭ける夢だけは決して捨てなかった。 「パリ祭」の始まった頃はシャンソンの人気も高く、その前後には各テレビ局がいろいろな番組で「パリ祭」を紹介した。12,3年前にも何年間か、NHKやテレビ東京が中継して特番を組んだりしたこともあった。 この40年間を振り返ってみて、第一回目から連続して出演している歌手の人たちは、どのくらいいるのだろうか。最初の頃のプログラムを見ると、石井好子さん、芦野宏さん、深緑夏代さんに交じって、ビショップ節子さん、岸洋子さんらの名前が並んでいるのもなつかしい。この間にはイベット・ジロー、ジャン・サブロン、ジョセフィン・ベーカー、シャルル・デュモンなどの歌手たちも出演をしている。その頃の司会はずっと藤村有弘さんだった。彼の和製フランス語は客席に笑いをよんだが、今は永六輔さんが粋な司会で頑張っている。 歌は世につれというが、いろいろなジャンルの音楽がその時代、時代の人気を集めるのは当然だが、いままたシャンソンは、大人の音楽として唱う人も多くなり、活気をとりもどしてきているのは嬉しい。 お祭りとしてスタートした「パリ祭」だが、間で何回かテーマを決めてそのコーナーをつくったこともある。「革命期のシャンソン」では、前途のマリーアントワネットの話で紹介したシャンソンなどを集めた。しかし今は再びお祭りにもどって現在に至っている。年に一度ぐらい、理屈なしでシャンソンを心ゆくまで楽しめる、そんなお祭りがあってもいいのだろう。 今年の第40回の豪華な顔ぶれは、まさにそのお祭りである。ここ数年はゲストにシャンソン界以外の一流アーティストを迎えているが、それも石井好子さんのプロデューサーとしての、卓抜した手腕によるものである。 先日(6月初め)石井好子さんに会ったとき、彼女はしみじみと「80年の私の人生の半分はパリ祭と一緒に歩んできたことになる」と述懐していたが、すごいことである。脱帽としか言いようがない。 元気な石井さんである。これからも50回60回と「パリ祭」は歴史を重ねていくだろう。 石井好子さんの情熱と気力、高い志しに心から拍手を送りたいと思う。ブラボー! (第40回パリ祭プログラムより) |