シャンソンの祭典「パリ祭」ホームページ

『パリ祭』に情念を謳う・・・永瀧達治

 《7月14日》はフランス革命(1789)の発端となったパリのバスチーユ監獄襲撃という記念すべき日付であり、フランスのナショナルデーである。そして、フランスでは、この日を《建国記念日》とか《革命記念日》などという堅苦しい呼称ではなく、単に日付通りのカトルズ・ジュイエ(7月14日)と言う。

 フランス人は《カトルズ・ジュイエ》と口にするだけで、街にひらめく三色旗を思い起こし、街角でのダンス・パーティの光景を思い浮かべる。そして、首都パリでは凱旋門を背景にして、大統領臨席のもと、大規模なパレードがシャンゼリゼ大通りで繰り広げられる。その模様はビッグニュースとして、フランス国内はもちろんのこと、世界各国のメディアに配信されるという、まさしく国家の威信をかけた一大イベントでもある。

 その国家記念日を祝うことは、国歌の《マルセイエーズ》に対する愛着と同様、政治の面でも《右翼的だ》と左翼勢力から批判されることはない。いわば右も左も《フランス》と人間の自由・平等・博愛の名の下に一致団結する日なのだ。

 だが、その季節には多くのパリジャン、パリジェンヌたちは早々と聖なるバカンスに出かけてしまっているので、シャンゼリゼ大通りの見物人には地方および外国からの観光客が目立つ。それでも、バカンスに出られない一人暮らしの老人たちや、経済的に優雅な大型バカンスを取れない下町の庶民たちはパリに残り、この日を楽しみにしている。街角ではダンスパーティが開かれ、夜には花火が打ち上げられ、パリは一気にお祭気分に包まれるからだ。

 この《カトルズ・ジュイエ》を日本では《パリ祭》と呼ぶ。と言うのも、1932年に作られたルネ・クレール監督の映画《カトルズ・ジュイエ》の邦題を『巴里祭』と命名し、当時、日本でも大ヒットしたからである…。

 真面目過ぎる人は『フランスの国家記念日を《お祭り騒ぎ》に仕立て上げるなどケシカラン!』とか、へそ曲がりの人は『タイトルを改竄した挙句に、何で日本人の私たちが外国の祝日を祝わなくてはならないのか?』などとゴタクを並べることもあるが、気にすることはない。そもそも私たち日本人は古来より《祭》が好きなのだ。

 映画の成功によって、以来、日本では7月14日はフランスのナショナルデーというより、クリスマスやバレンタインデーと同様に《パリ祭》という名前の舶来の《祭》として定着しようとしている。

 今では日本全国のフランス・レストランやケーキ屋、ホールで《パリ祭》という名の数多くのセールスやイベントが繰り広げられるが、《パリ祭》と聞いて、人々が想起するのは何と言ってもシャンソンの大祭典である毎年恒例のNHKホールにおける、この『パリ祭』に他ならない。と言うよりも、映画によって誕生した言葉が、このシャンソンの祭典によって、世に広められたと言う方が正しいだろう。

 この祭典は自ら歌手としてだけでなく、フランスの著名なアーチストたちを招聘し、多くの若手歌手を育てるなど、シャンソンを日本に広め、定着させることに人生を費やしてきた石井好子さんがプロデュースする45年間の偉業である。

 今でこそ、この『パリ祭』は、毎年、満員御礼で、観客動員に苦労することもないだろうが、石井さんは《シャンソン》という言葉すら日本に存在しない時代から、自らがフランスで歌手として表現してきた《シャンソン》の精神を日本に定着させようと長年にわたって奮闘してきた。

 映画のタイトルを《巴里祭》とした映画会社のセンスもたいしたものだが、そのネーミングを45年も前にシャンソンの祭典として日本に定着させた石井好子さんのプロデュース能力にも脱帽である。

 石井好子さんは後輩歌手への助言に、ことあるごとに『フランス語のオリジナル・シャンソンを聞きなさい』と指導する。そして、彼女自身が歌うときには日本語詞だけでなく、歌詞の内容説明を前後に挟み込みながらも、フランス語による原語歌唱も大切にする。

 それは単にシャンソンが音楽のジャンルとして広まるだけでなく、同時に《フランス》というシャンソン誕生の地の精神を継承していくことをも意味しているように私には思える。外国かぶれだと誤解しないでいただきたいが、《フランス》と言っても、石井さんをはじめとする世界のアーチストが語る《フランス》とはひとつの国家の名称ではなく、革命を通じて、人類が夢見た《自由・平等・博愛》精神とも言える《人間が人間として生きる権利と喜び》を体現する《もうひとつの祖国》の名称だと考えてもらいたい。

 それはショパンからピカソ、藤田嗣治(レオナール・フジタ)、そしてジョセフィン・ベーカーなど異邦人のアーチストたちが見たパリの夢であり、ダミア、ピアフ、アズナブール、ブレル、モンタンなどが歌い継いできたシャンソンという情念の世界の人間の姿である。

 シャンソンが人間の情念を歌うことから考えると、子どもよりも大人でなくては分らない世界であるのは当然だとしても、シャンソンの祭典『パリ祭』は歌を提供する側も、また提供される側にも熟年者が多い。昔、まだ子どもたちが背伸びをして大人になりたがっていた時代の名残もあるのだろうが、よく考えてみると、熟年者に愛されるシャンソンというのはひどく健全な現象かもしれないと思うようになった。

 と言うのも、私自身も含め熟年者というのは、この半世紀以上の時代の流れを生きてきた存在である。《私たち》は誰もが、コミュニケーション技術の異常なまでの発達や進歩のスピードの中に生きてきた。

 音楽で言うと、蓄音機から、ポータブル、ハイファイ・ステレオ、テープレコーダー、カセット録音機、ウォークマン、ラジカセ…そして、SP盤、LP盤、カセット・テープ、CDにDATにMD…。今や、私のような熟年者でも煙草の箱大のiPodなるものに二万曲近く(!)ものシャンソン・コレクションを詰め込み、散策に出かける時代である。技術進歩もここまで来ると音楽を所有する喜びも薄く、また音楽の感動すら薄らいで行くのではないかと危惧するほどの文明の利器による驚異的便利さだ。

 だが、文明に進歩はあっても、人間の情念に進歩はない。また、情念の変化が、文明の変化のスピードに追随することは決してない。文明が便利を目指して突進するのに較べて、情念の変化は行く当ても方向も定まらずゆっくりと移ろい流れるだけである。

 …にもかかわらず、人は文明機器の進歩と同様に情念もまた同じスピードで変化し、進歩すべきであると勘違いし始めてしまった。

 現代の文化が、あえて《愚か》だとか、《くだらない》とは言わないが、情念にスピードが加わると上滑り現象が起こってくる。すべての感情が深まらないのである。もはや、恋は一瞬の気まぐれと欲望に過ぎず、悲しみの傷痕は残らず、喜びはひと時の馬鹿笑いに過ぎない。情念にスピードが付いてしまった、そんな現代を生きる若者は逆に、ひどく不幸な時代に生れてきたと言えるかもしれない。

 こうした文明の進歩と情念の劣化現象に加えて、メディアの巨大化というか、弱肉強食のグローバリズム経済が、マジョリティ(多数派)をさらに巨大なメガ・マジョリティ(超多数派)となし、衆愚社会を形成する…。この時代において、本来の情念を維持するというのは大変なことである。

 それでも、マイノリティ(少数派)文化とされるシャンソンに反応して、これだけの熟年者が情念の祭典である『パリ祭』に集うのを健全と言わずして何と言えようか。

 話は変わるが、彼の国、フランスでは最近、パリで開催される『ジャパン・エキスポ』という毎年恒例の大イベントが話題になっている。『パリ祭』が《日本における日本人によるフランスの祭典》なら、こちらは《フランスにおけるフランス人による日本の祭典》なのだ。ただ面白いことに、こちらは『パリ祭』とは正反対にフランスの若者たちを数多く集めて、情念というよりも文明機器の進歩によって派生したアニメ文化が中心となって、コスプレ・ファンを多く集めたり、またはニッポンのアキハバラ名物《メイド喫茶》の出現などもあるそうだ。

 何もかもが日本の『パリ祭』とはまったく逆のケースであり、フランスの情念を愛する私たちには少々不安をもたらすパリの最新事情である。

 だが、現代と過去、東と西、北と南、あらゆる時代と民族と文化が混淆することによって醸成されてきたものが《フランス文化》なるもの…と考えれば、『パリ祭』も『ジャパン・エキスポ』もフランス文化の持つ懐の深さを物語っている、二つの現象であろう。

 私事であるが、私は現在、時折、東京を離れて、古都金沢にて生活の半分を過ごしている。泉鏡花の小説の風景が今も残る《ひがし茶屋街》や浅野川界隈をiPodをポケットに(!)古きシャンソンを耳にしながら散策すると、これほどシャンソンの似合う風景はないと思うようになった。やがては、やはり過去の記憶を今も残すパリと金沢を往復して暮らそうと思う。

 人類がかつて経験したことのない急激な変化を伴う時代の流れの中で、シャンソンなり、街の風景なり、人々が情念を取り戻そうとする傾向は、これからもますます盛んになると考えられる。

 45回を迎える『パリ祭』が50回、60回…いや。これからも何世紀にもわたって人間の移ろう情念を謳いあげていってもらいたい。

 情念の喪失以前に、まだ何世紀も、人類が存在していればの話だが…。

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